東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1641号 判決 1989年7月03日
控訴人 有吉新吾
控訴人 鹿野達三
控訴人 松川誠治
控訴人 大沢誠一
控訴人 小松原俊一
控訴人 野口喜次郎
右六名訴訟代理人弁護士 青山義武
同 長谷部茂吉
同 田代有嗣
同 鈴木醇一
被控訴人 水野隆
右訴訟代理人弁護士 右田堯雄
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴の趣旨
1. 原判決中、控訴人らに関する部分を取り消す。
2. 被控訴人の控訴人らに対する請求を棄却する。
3. 訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする。
二、控訴の趣旨に対する答弁
主文第一項と同旨。
第二、当事者の主張及び証拠関係
当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示中、被控訴人の控訴人らに対する請求に関する部分と同一であるから、これを引用する。
一、原判決四丁表末行の「昭和五〇年一一月当時」を「昭和五〇年一一月以前から同五一年三月までの間」と改め、同五丁表一〇行目の「株式会社」の次に「(以下「三井セメント」という。)」を、同丁裏九行目の「常務会において」の次に「全員一致で」を、同六丁表二行目と同三行目との間に改行して「なお、控訴人らは、戸栗が右合併に反対する意思を表明し続けている最中に、軽率かつ強引にも同年一一月二七日に三井セメントとの合併覚書に調印してしまった結果、もし戸栗がその後も反対し続ける場合には進退きわまる窮状に陥り、経営者としての命運にも係わることが必定であったので、この窮状を打開し、株主等から経営責任の追及を受けることを回避するために、戸栗から高額かつ多量の訴外会社の株式のほか、昭和飛行機工業株式会社(以下「昭和飛行機」という。)の株式をも買わされる羽目に追い込まれ、しかも、期日の迫った合併をとり止めることができないという考慮から、戸栗の言いなりになって右両株式を買い受けるという失態を演じ、以後訴外会社の右株式を秘密裡に転売処理したものである。」を、同六行目の「五三〇円」の次に「(同年一一月当時の最高市場価格は一株四一八円であった。)」を、同裏四行目の「三五億五、一六〇万円相当」の次に「(この金額は、当時の訴外会社の資本金額三〇億円を上回る金額であった。)」を、同七丁表三行目の「改正前」の次に「の規定。以下同じ。」をそれぞれ加える。
二、原判決一三丁表五行目の「常務会において」の次に「全員一致で戸栗の有する」を、同一〇行目の末尾に続けて「なお、本件株式の買取り価格である一株五三〇円のうちの五〇〇円は純粋の買取り価格であり、残りの三〇円は手形による代金延払いの金利見合い分である。」を、同裏三行目の末尾に続けて「訴外会社における右資産の減少は、戸栗の所有していた訴外会社の株式の三井物産等への肩代り及び訴外会社と三井セメントとの合併を実現するために要した訴外会社の経費であり、当該事業年度の損金として処理されるべきものであるから、これをもって商法二六六条一項五号所定の損害賠償の対象となる損害と解するのは相当でない。」をそれぞれ加える。
三、原判決一四丁表末行の「被告らの抗弁」を「控訴人らの抗弁一」と、同丁裏一行目の「訴外会社」を「訴外会社の取締役であった控訴人ら」と、同一五丁裏九行目の「訴外会社は」から同末行の「諸準備が成り、」までを「訴外会社は、昭和三三年の三月期を最後としてその後二〇年間近くも無配の継続を余儀なくされていたが、その経営陣においては、かねてから、経営の多角化を図る一環として子会社である三井セメントや三井鉱山コークス工業株式会社を吸収合併して、それらの事業を訴外会社自身の事業の中に取り込むことを経営の基本方針としていたところ、昭和五〇年八月ころから、まず三井セメントの合併の具体化に着手し、一時その株主である小野田セメントからの反対があったものの、」と、同一八丁裏七行目の「成就させることができ、」から同八行目の「飛躍的向上に」までを「成就させることができ、更に昭和五六年四月には三井鉱山コークス工業株式会社の吸収合併をも実現させるとともに、本件自己株式の取得前には約一三パーセントにすぎなかった訴外会社の株式安定化率を約四二パーセントにまで飛躍的に向上させることに」とそれぞれ改める。
四、原判決一八丁裏末行と同一九丁表一行目との間に改行して次のとおり加える。
「六 控訴人らの抗弁二
仮に控訴人らが三池開発をして訴外会社の本件株式を取得させた結果、訴外会社に被控訴人主張のとおりの資産の減少が生じたとしても、反面、訴外会社は、右株式取得の結果、次のとおりに右資産の減少を上回る利益ないし成果を挙げているから、本件における損害額の算定に当ってはこれらの利益ないし成果を斟酌して損益相殺すべきものであり、従って、訴外会社には、控訴人らが賠償しなければならない損害は存在しない。
1. 訴外会社は、昭和五一年五月一日に三井セメントとの合併を達成することができたことにより、その後昭和五六年三月末日までの間に、三七億二、八〇〇万円に上る利益を挙げることができたほか、直接金銭に換算することはできないものであるが、利益の配当の復活と信用の増大、経営基盤の充実強化、総合資源会社への転換の成功及び従業員らの士気の昂揚等の多様かつ多大の利益を挙げることができた。
2. 訴外会社は、本件株式の取得により同社の大量の株式を戸栗から三井物産等の三井系各社に肩代りさせることができた結果、訴外会社の株式安定化率を右肩代り前の約一三パーセントから右肩代り後の約四二パーセントにまで飛躍的に向上させることができた。そして、その結果として、訴外会社は、昭和五六年四月には三井鉱山コークス工業株式会社を合併することに成功したほか、将来、合併、営業譲渡等株主総会の特別決議を必要とする重要施策につき、一部株主による無理解又は恣意的な反対を排して、会社、多数株主及び債権者等のため、真に利益と信ぜられるところを遂行することが可能になった。」
五、原判決一九丁表一行目の「六」を「七」と改め、同二行目及び同五行目の各「抗弁」の次にいずれも「一の」を加え、同丁裏四行目と同五行目との間に改行して次のとおり加える。
「3. 抗弁二の主張は争う。本件自己株式の取得による損害額は、控訴人らが商法二一〇条に違反して右株式を時価をはるかに上回る金額で取得したうえ、これをその取得前に予測していた低い金額で第三者に譲渡した一連の行為が完結した時点において確定されるべきものであって、その後に生じた事情は考慮するに値いしない。従って、控訴人らが抗弁二で主張するような利益ないし成果は、本件損害額の算定における損益相殺の対象にはなり得ないものである。」
六、原判決一九丁裏六行目の「本件」の付に「原、当審」を加える。
理由
一、控訴人らの本案前の抗弁(株主権の濫用の主張)についての当裁判所の認定判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由一及び二の説示(原判決二〇丁表二行目の冒頭から同三〇丁裏末行の末尾まで)と同一であるから、これを引用する。
1. 原判決二一丁表六行目の「考えて」の次に「、昭和五二年ころから、その」を加え、同二三丁表一行目及び同五行目の各「(一)」をいずれも「(四)」と、同二五丁裏三行目の一双方からとも」を「どちらからも」とそれぞれ改め、同二五丁裏末行の「原告は、」の次に「弁護士である右田堯雄を代理人として、」を加える。
2. 原判決二八丁表六行目の「右認定事実」から同七行目の「考える。」までを次のとおり改める。
「ところで、本訴のごとき株主代表訴訟の提起もそれが権利の濫用に当たるときには、これが違法行為となり許されないものであることは、控訴人らの主張するとおりである。しかしながら、株主代表訴訟は、それ自体、これを提起する株主に直接の財産的利益をもたらす性質のものではないから、その株主が一方では会社の権利の実現をはかるとともに、他方ではその訴訟の提起により自己の名前の広がることを望んでいるとしても、それだけの理由で直ちにその代表訴訟の提起が権利の濫用に当たるということはできない。従って、株主代表訴訟の提起が権利の濫用に当たるか否かの判断は慎重になされなければならないのであって、当該代表訴訟の提起が徒らに会社ないしその取締役を一喝し困惑させることに重点を置いたものであって、結局それによって会社から金銭を喝取するなど不当な個人的利益を獲得する意図に基づくものであるとか、当該代表訴訟によって追及しようとする取締役の違法事由が軽微又はかなり古い過去のものであるとともに、その違法行為によって会社に生じた損害も甚だ少額であって、今更その取締役の責任を追及するほどの合理性、必要性に乏しく、結局会社ないし取締役に対する不当な嫌がらせを主眼としたものであるなどの特段の事情のある場合に限り、これを株主権の濫用として排斥すれば足りるものと解するのが相当である。そこで、このような観点に立って本訴の提起の適否について検討するに、右1で認定した事実関係からすれば、」
3. 原判決三〇丁裏七行目の冒頭から同一〇行目の末尾までを「以上によれば、被控訴人による本訴の提起については、前記のような特段の事情があるとはいえないし、そして、その他に本訴の提起が権利の濫用に当たるとすべき事由を認めるに足りる証拠はない。」と改める。
二、本件における自己株式取得の成否、その取得による訴外会社の損害及び控訴人らの責任についての当裁判所の認定、判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由三の説示(原判決三一丁表三行目の冒頭から同五五丁裏四行目の末尾まで)中、被控訴人の控訴人らに対する請求に関する部分と同一であるから、これを引用する。
1. 原判決三二丁表七行目の「喜次郎」の次に「及び控訴人有吉新吾各」を加え、同三五丁裏末行から同三六丁表一行目にかけての「春ころから」を「の春から夏にかけて」と改め、同三六丁裏一〇行目の末尾に続けて「しかし、訴外会社の経営陣は、戸栗の右の説明をその言葉どおりに信用していた訳ではなかった。」を加え、同三七丁表二行目の「所有し、同人の」を「所有していたが、訴外会社の経営陣は、かかる状態が続くことは訴外会社の経営の安定と将来の発展のために好ましくないことと考えていた。そして、当時、訴外会社の安定株主の持株比率は約一四パーセントにすぎなかったので、戸栗の」と改め、同九行目の「述べた」の次に「が、その際その旨の同意文書や株主総会のための委任状等までは作成されるに至らなかった。」を加える。
2. 原判決四〇丁表八行目の「金利分」の前に「代金完済までの」を、同九行目の「取り付け」の次に「たが、その際、戸栗から訴外会社の株式のほかに、同人の所有する昭和飛行機の株式をも買い取ってほしいと求められた。そして、柏原は、」を、同裏二行目の末尾に続けて「また、昭和飛行機の株式の同月における最高値は一株八六〇円であった」を、同四一丁表四行目の「株式」の前に「訴外会社の」をそれぞれ加え、同丁表九行目の「急上し、」を「急上昇し、」と改め、同裏三行目の「株式」の前に「訴外会社の」を、同八行目の「低迷し」の次に「て無配を続けており、」を、同四二丁表五行目の「全部を」の次に「戸栗の要求する価額で」を、同八行目の「負担させる」の次に「形式のもとに、実質的には訴外会社が右株式を全部買い取る」を、同一〇行目の「以上の決定は」の前に「なお、その際、戸栗から求められた昭和飛行機の株式一八五万余株の買取りについても、訴外会社においてその全部を時価より高い一株九三五円で買い取ることを決定した。そして、」を、同末行の末尾に続けて「従って、右常務会の構成員は、戸栗からの右各株式の買取りにより、三池開発ないし訴外会社に訴外会社の当時の資本金額を上回る高額の資産の減少が生じるであろうことを十分に予測し、覚悟していた。なお、訴外会社の取締役総務部長であった控訴人野口も、右常務会に出席していて、右の事情を十分に認識していながら、右決定に従い、その実行に協力することを了承した。」を、同裏三行目、同八行目及び同四四丁表二行目の各「株式」の前にいずれも「訴外会社の」を、同四四丁表四行目の「五三〇円」の次に「(そのうちの三〇円は代金完済までの金利見合い分)」を、同六行目の「代金」の次に「及び約束手形」を、同八行目の「売買契約の」の次に「形式上の」を、同四五丁表五行目の「一、五五〇」の前に「訴外会社の株式」を、同七行目の末尾に続けて「そして、右約束手形はすべてその満期日に決済された。なお、右二五日に、訴外会社は、戸栗から昭和飛行機の株式一八五万四六〇〇株をも一株九三五円で買い受けた。」をそれぞれ加え、同丁裏二行目の「同日」を「昭和五〇年一二月二六日に」と、同行の「同年」を「昭和五一年」と、同四六丁表九行目の「これらは」から同丁裏一行目の末尾までを「これらの資金はすべて訴外会社が自ら三井銀行等から借り受け、これを三池開発に貸し付けて戸栗に支払うという方法で行った。そして、これらの処理は訴外会社の経理部がその一切を担当し、右資金の三井銀行等への返済もすべて訴外会社の経理部において行った。」と、同丁裏一〇行目の「於ひ」を「及び」とそれぞれ改める。
3. 原判決四七丁表八行目の「締結したのは」の次に「形式的には」を加え、同丁裏九行目の「借入によって」から同末行の「行ったこと」までを「すべて訴外会社が自ら三井銀行等から借り受けて、これを三池開発に貸し付けるという方法で行い、これらの資金の右銀行等への返済もすべて訴外会社において行ったこと」と、同四八丁表七行目の「あるともみられる」を「あるとみるべき」と、同八行目の「実質的に」から同九行目の「において」までを「商法二一〇条が自己株式の取得を禁止している後記判示の注意に照らし、」とそれぞれ改める。
4. 原判決四八丁裏二行目の「被告らは、」から同五二丁裏五行目の末尾までを次のとおり改める。
「控訴人らは、抗弁一において、三池開発による右株式の買取りが訴外会社自身による自己株式の取得に該当するとしても、なお、商法二一〇条の法意に反するものではないと主張するので、その主張の当否について判断する。
ところで、株式会社が株券の発行により既に流通している株式を取得することは、それが自己株式であっても、理論上不可能なことではないが、これを自由に認めると、株主に対し出資金を払い戻したのと実質的に同様の結果が生じ、会社の財産的基礎を危うくするほか、会社が株価の操作を行い、あるいは内部情報を利用して自己株式の投機売買を実施して株主・投資家の利益を侵害し、あるいは一部特定の株主から自己株式を買い取ることによって株主平等の原則に違反し、更には間接的に経営者による会社支配の手段として悪用されるなどの弊害が生じる。そこで、商法は、政策的見地から、二一〇条により、右のような弊害の生じるおそれのない四つの例外的な場合を除き、自己株式を取得することを禁止し、更に会社の取締役等がこの禁止に違反する行為に出た場合には、四八九条二号により、五年以下の懲役又は三〇万円以下の罰金(昭和五六年法律第七四号により二〇〇万円以下の罰金と改正。)にも処し得ることにしているのである。そして、商法二一〇条による自己株式取得の禁止については、経済界からこれを緩和してほしいという要望が繰り返されているにもかかわらず、昭和五六年法律第七四号による改正(これは、本件の自己株式の取得以後になされた改正である。)においても、自己株式の質受規制の一部緩和が認められた以外には右要望にそう規制緩和が認められなかったことは、当裁判所に顕著なところである。従って、商法二一〇条の法文と右改正の経緯に照らして考察すれば、将来の立法論としてはともかく、同条の解釈論としては、自己株式の取得が適法として許容されるのは、同条が明文によって規定する四つの例外的な場合のほかは、会社が自己株式を無償で取得する場合や問屋たる会社が取次行為として自己株式を取得する場合等、前記のような弊害の生じないことが類型的に明らかな場合に限られ、それ以外の場合には、仮に個別的に判断して会社の重大な利益の実現ないし重大な損害の回避のためにはやむを得ない事情があると認められるような場合であっても、自己株式の取得は許容され得ないものと解するのが相当である。けだし、法文上の例外的規定が設けられていないにもかかわらず、個別的に判断して会社の重大な利益の実現ないし重大な損害の回避のためという理由さえあれば、商法が重い処罰規定まで設けて禁止している違法行為も例外的に許容されるというような解釈は、その根拠が甚だ薄弱であるのみならず、そのような解釈を肯定して、会社の取締役に対し右のような理由のもとに自己株式を取得し得る判断権限を付与するときには、その濫用や誤判断の弊害は無視し難いものとなるおそれがあるとともに、遂には、脱法行為が横行し、立法の趣旨を没却する結果を招来することにもなりかねないからである。
そうすると、たとえ控訴人らによる本件自己株式の取得が控訴人らの主張するとおりの事情のもとになされたものであるとしても、その取得が商法二一〇条の法意に反するものであることは明らかである。従って、控訴人らの右主張は、その主張自体において失当であるといわざるを得ず、採用することができない。」
5. 原判決五二丁裏六行目の「被告らは、」から同五四丁表一〇行目の末尾までを次のとおり改める。
「そこで、本件自己株式の取得の結果訴外会社がいかなる損害を被ったかについて考察するに、前記三の1及び2で認定した事実関係からすれば、三池開発は、昭和五〇年一二月二五日に、戸栗から訴外会社の株式一、五五〇万株を総額八二億一、五〇〇万円で買い受けたうえ、昭和五一年一月から同年三月末日までの間に、これらの全株式を三井物産その他の関連会社等に総額四六億六、三四〇万円で売り渡したこと、三池開発は、訴外会社がその全株式を所有する訴外会社の完全子会社であったのみならず、三池開発による右株式の買受け及び売渡しはすべて親会社である訴外会社の指示と計算によって行われたものであること、そして、三池開発が戸栗から買い受ける訴外会社の全株式を可及的短期間内に三井物産その他の関連会社等に売り渡すことは、訴外会社の取締役であった控訴人らの間で、当初から明確に予定されていたものであり、三池開発による右株式の買受け及び受渡しはすべて右予定に基づいて行われたものであることが認められる。そうすると、訴外会社は、本件自己株式取得の結果、右株式の買受け代金の総額とその売渡し代金の総額との差額に相当する三五億五、一六〇万円相当の資産の減少が生じ、これと同額の財産上の損害を被ったものと解すべきである。
なお、右損害額の算定に関し、右株式の買受けについては、その買受け時における右株式の市場価格とその現実の代金額との差額を、また、その売渡しについては、その売渡し時における右株式の市場価格とその現実の代金額との差額をそれぞれ算出し、これらを加算したうえ、その合計額をもって訴外会社の被った損害額となすべきであるとの見解もある。しかしながら、本件自己株式の売買は、前記認定のごとく、当初より、戸栗から三井物産その他の関連会社等へ株主の肩代りをするという目的で行われたものであって、訴外会社又は三池開発が自己の財産として相当期間保有する目的で株式を買い受けたものでもなければ、これらの会社が自己の財産として相当期間保有していた株式を売り渡したものでもないし、しかも、現実にも、戸栗からの右株式の買受け後比較的短期間内に、三井物産その他の関連会社等への右株式の売渡しが行われているから、このような場合には、前記のごとく、本件自己株式の買受け代金額とその売渡し代金額との差額をもって訴外会社の被った損害額とすれば足り、その買受け時及び売渡し時における各市場価格とその現実の各代金額との差額を問題にする必要はないものというべきである。」
6. 原判決五四丁表一〇行目と同末行との間に改行して次のとおり加える。
「(四)ところで、控訴人らは、本件自己株式の取得による訴外会社の損害に関し、種々の主張をしているので、以下においてこれらの主張の当否について判断する。
(1) まず、控訴人らは、本件自己株式の買受け代金額とその売渡し代金額との間に差額があることによって生じた訴外会社の資産の減少は、控訴人らが三池開発をして本件株式をその買受け代金額よりも廉価で転売させたことによって生じたものであって、本件株式の取得自体によって生じたものではないから、これをもって本件の損害ということはできないと主張する。
しかしながら、本件自己株式の取得は、当初より、戸栗から三井物産その他の関連会社等へ株主の肩代りをするという目的で行われたものであって、同株式を可及的短期間内に右関連会社等へ転売することは、控訴人らの間で、その取得前から明確に予定されていたものであることは、前記認定のとおりであって、右株式の買受けとその売渡しとは、主観的にも、客観的にも、密接不可分の関係にあったものであるから、右両者の代金額の間に差額があることによって生じた訴外会社の資産の減少は本件自己株式の取得に当然に随伴して生じたものであるとともに、同株式の取得がなければ生じなかったものである。しかも、本件自己株式の取得及びその転売によって訴外会社に右のような資産の減少が生じることは、控訴人らがその取得前から十分に予測し、覚悟していたものであることも、前記認定のとおりである。そうすると、右代金額の差額が本件の損害、すなわち控訴人らが本件自己株式の取得という違法行為をしたことと相当因果関係のある損害であることは明らかであって、これを否定することはできない。従って、控訴人らの右主張は採用することができない。
(2) また、控訴人らは、本件自己株式の売買代金額の間に差額があることによって生じた訴外会社の資産の減少は、戸栗の所有していた訴外会社の株式の三井物産等への肩代りとそれによる訴外会社と三井セメントとの合併を実現するために要した訴外会社の経費であり、訴外会社の当該事業年度の損金として処理されるべきものであるから、これをもって商法二六六条一項五号所定の違法行為による損害賠償の対象となるべき訴外会社の損害と解するのは相当でないと主張している。
しかしながら、本件の全証拠を検討しても、訴外会社又は三池開発において、右売買代金額の間に差額があることによって生じた資産の減少を訴外会社又は三池開発の当該事業年度の計算書類上に経費ないし損金として計上したことを認めるに足りる証拠はないから、控訴人ら自身においても、右資産の減少を訴外会社又は三池開発の当該事業年度の経費ないし損金であると認識していたかは極めて疑わしい。のみならず、商法二一〇条に違反する自己株式の取得に基づく会社の資産の減少が同法二六六条一項五号所定の取締役の違法行為に基づく損害といい得るか否かという問題と、右資産の減少を企業会計法又は税法上会社の当該事業年度の経費ないし損金として処理し得るか否かという問題とは、次元を異にする別個の問題であるから、仮に右売買代金額の間に差額があることによって生じた訴外会社又は三池開発の資産の減少の全部又は一部がこれらの会社の当該事業年度の経費ないし損金として処理し得る性質のものであったとしても、そのことだけでは、前記認定の事実関係のもとにおいて、右資産の減少が控訴人らによる本件自己株式の取得という違法行為に基づく訴外会社の損害であると認定する上での障害となるものではないというべきである。従って、控訴人らの右主張は採用することができない。
(3) 更に、控訴人らは、抗弁二において、仮に控訴人らが三池開発をして本件自己株式を取得させた結果訴外会社に被控訴人主張のとおりの資産の減少が生じたとしても、反面、訴外会社は、右株式取得の結果、右抗弁で主張するとおりに右資産の減少を上回る利益ないし成果を挙げているから、本件における損害額の算定に当ってはこれらの利益ないし成果を斟酌して損益相殺すべきであると主張している。
しかしながら、商法二六六条一項五号所定の違法行為による損害額の算定に当り損益相殺の対象となるべき利益は、当該違法行為と相当因果関係のある利益であるとともに、商法の右規定の趣旨及び当事者間の衡平の観念に照らし、当該違法行為による会社の損害を直接に填補する目的ないし機能を有する利益であることを要するものと解するのが相当である。そこで、このような見地に立って控訴人らの右主張について考察するに、仮に本件自己株式の取得及びその転売後、訴外会社において抗弁二で主張するとおりの利益ないし成果を挙げることができたとしても、これらの利益ないし成果は、その性質上本件違法行為である控訴人らによる本件自己株式の取得とそれに随伴する同株式の転売自体を直接の原因として実現され、取得されたものではない。すなわち、これらの利益ないし成果は、仮に控訴人らによる右株式の取得及びその転売が一つの契機になっているとしても、それ以外に訴外会社と三井セメントとの合併や訴外会社の株式安定化率の向上に関する三井セメント、小野田セメント、三井銀行、三井物産をはじめとする多数の関係各社の支援、協力、訴外会社と三井セメントとの合併後における訴外会社の経営陣(この中には、控訴人らも含まれる。)及び従業員等の全体による事業の推進、発展のための努力、活動、更には、その後の時代の経過に伴う経済事情の変動、進展や経営環境の改善、好転等、無数の原因が加わることによってはじめて達成され、取得され得たものというべきである。従って、これらの利益ないし成果を本件違法行為自体と相当因果関係のある利益と評価するのは相当でないとともに、商法の前記規定の趣旨及び当事者間の衝平の観念に照らしても、これらの利益ないし成果が本件違法行為による訴外会社の損害を直接に填補する目的ないし機能を有する利益であると解することは困難である。更に、控訴人らの主張する訴外会社の利益ないし成果の中には、直接金銭に換算することのできない性質のものが多数含まれているが、本訴請求にかかる訴外会社の損害は純然たる財産上の損害であるから、損益相殺の対象となるべき利益に関する前記の説示に照らせば、右のような直接金銭に換算することのできない性質の利益ないし成果は、右財産上の損害額の算定に当り損益相殺の対象となるべき訴外会社の利益と解するのは相当でないというべきである。従って、控訴人らの右主張も、その余の点について判断するまでもなく、その理由がないといわざるを得ない。
付言するに、仮に本件自己株式の取得及びその転売後、訴外会社が控訴人らの主張するとおりの利益ないし成果を挙げており、そして、その利益ないし成果の実現、達成につき、当時同社の取締役であった控訴人らにも評価に値する特別の功労があったとすれば、そのような功労については、訴外会社は、控訴人らに対し、それに相応しい賞与、退職慰労金等の支給や表彰等をもって報いるのが相当であるとともに、そのような配慮や処遇をすれば足り、控訴人らの主張するごとく、本件における損害額の算定に当り、右の利益ないし成果自体をもって損益相殺の対象となるべき利益であると解し、これを斟酌するのは相当でないというべきである。」
7. 原判決五四丁表末行の「(四)」を「(五)」と改め、同丁裏五行目の「予備的に主張する」の次に「昭和五〇年一二月初旬開催の」を、同七行目の「右株式を」の前に「全員一致で」を、同八行目の「三池開発が」の次に「右株式の」を、同一〇行目の「与えたものである」の次に「ことは前記認定のとおりである」を、同五五丁表二行目の「また、」の次に「前記の認定によれば、」をそれぞれ加え、同五五丁表五行目の「これを支持した」を「これに協力した」と改める。
8. 原判決五五丁裏七行目の「右損害発生の後の日」を「右損害発生の日より後の日」と、同行目から同八行目にかけての「からの遅延損害金」を「から右金員支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金」とそれぞれ改める。
三、以上の次第であって、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官 前島勝三 笹村將文)